2011年5月8日 / 最終更新日時 : 2023年6月15日 kento 南北朝・室町 筑後川の戦い (1359年) 「針磨原の戦い」から6年、京都で足利尊氏が没すると、勢いづいた南朝方とこれに抗する武家方(北朝方)が筑後川の北側で激突します。これが、地元では「大原合戦」と呼ばれる「筑後川の戦い」です。 この戦いは「関ヶ原の戦い」、「川 […]
2011年5月8日 / 最終更新日時 : 2023年6月11日 kento 福岡史伝 大宰府、水城、大野城を築く (663年~665年) 「白村江の戦い」に敗れると、中大兄皇子は新羅・唐の連合軍の九州侵攻に備え、664年九州の行政機関「官家」(那津)の機能を造営中の「観世音寺」の西側に移し「大宰府」とします。そして敵の侵攻を食い止めるため前面(博多湾側)に […]
2011年4月29日 / 最終更新日時 : 2023年6月13日 kento 南北朝・室町 多々良浜の戦い (1336年) 1335年12月後醍醐天皇に反旗をひるがえした足利尊氏は、新田義貞を破り翌1月には一旦、京に入りますが、北畠、新田、楠木軍に破れ、海路九州に落ち延びます。 そして翌月の2月20日頃に赤間関(下関)で少弐頼尚の出迎えを受け […]
2011年4月29日 / 最終更新日時 : 2023年9月2日 kento 江戸 金印発見 (1784年) 福岡の志賀島は神奈川の江ノ島と同じ「陸繋島(りくけいとう)-砂州で本土とつながる島-」で夏になると大勢の海水浴客で賑わいます。 1784年、金印はこの島の南端、叶の崎で小作人の秀治と喜平によって田んぼの中から発見されます […]
2011年2月12日 / 最終更新日時 : 2024年5月26日 kento 平安 菅原道真大宰府配流 (901年) 大宰府に配流された菅原道真公は、二人の子供と味酒安行など数人の門弟と共に大宰府政庁の南に600mほど離れた謫居(たっきょ)に入ります。 子供はまだ幼い隈麿と紅姫でした。謫居での生活は想像が及ばないほどの過酷なもので、道真 […]