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福岡史伝…福岡の歴史をできる限り簡単にご紹介!

名所旧跡…メジャー観光地と観光バスは行かない隠れた旧跡

福岡人物伝…歴史は人が造る!福岡の歴史に登場した人々

意外な話…それってホント?意外すぎる話。

よくわかっていない事…歴史って考えれば考えるほど面白い!!

一夜漬け福岡史…時間がない忙しい人用のページ

福岡歴史年表…福岡2000年の歴史概要

名所旧跡フォトライブラリ…乱雑ですが写真集です

リンク…博物館、資料館、図書館へのリンクです。

余談…ひとり言的な話です

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はじめに…お願いと参考書

 
新着情報

2021.11.6

【記想録】 姦悪をなす者その才人に過ぐ

2021.10.17

【記想録】 口に才ある者は・・・

2021.10.4

【記想録】 衆これを悪むも必ず察す

2021.9.11

【記想録】志無きの人は鈍刀の如し

2021.8.28

【記想録】則ち怨み遠ざかる

2021.8.22

【記想録】三十六策、是れ走を上計とす

2021.8.21

【記想録】己の欲せざる所は人に施す勿れ

2021.8.16

【記想録】漱石が子規からもらった漱石

2021.8.15

【記想録】兵の形は水に象る

2021.8.14

【記想録】逆境の中に居ればみな薬石

名言・格言「黒板にちゅ~も~く!」
兵は凶にして戦いは危うし、安全の道にあらず
顔氏家訓





福岡史伝・鎌倉
 【源平合戦後の九州】(1185年~)

「壇ノ浦の戦い」で平家が滅亡すると、平家側の武将であった原田種直は領地を没収され鎌倉で囚われの身となります。 そして九州には源頼朝が武藤資頼(すけより)、大友能直(よしなお)、島津忠久(ただひさ)を派遣し、 武藤氏は九州北西部(現在の福岡北部、佐賀、長崎)、大友氏が九州北東部(現在の大分、福岡南部、熊本)、 島津氏が九州南部(現在の鹿児島)の守護を務めます。 この三家が鎌倉時代から室町時代にかけて九州の「武家御三家」とされ中心的な役割を果たして行くことになります。 ただ肥後には、以前からの豪族、菊池氏、阿蘇氏などのに加え、肥後南部には下向した相良氏が、日向には伊東氏が勢力を張ります。また、
筑前では守護の武藤氏が武家では初めてとなる大宰少弐職にも就き、後に官名の少弐氏を名乗ります。 一方、原田種直は後に許され怡土(いと・福岡北西部)に領地を得、 その後には種直の近親者(父?子?・不明)の種雄(たねお)が源頼家より秋月を与えられ秋月氏の始祖となります。 また「筑前国続風土記」では戦国時代に高橋紹運が継いだ高橋氏もこの原田氏より派生した一族とされています。
そしてこれら大小の武家が元寇では共に戦い、 また南北朝から戦国時代にかけ入乱れての戦いを繰りひろげてゆくことになるのです。

(2015.3.25)









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スポットライト人物伝


【栗山大善(くりやまだいぜん)】
(1591年~1652年)


黒田官兵衛の信頼の厚かった栗山利安の息子。 栗山大善は第二代藩主の座に黒田長政の長男の忠之を就けますが、 その後、何かと行動に問題のある藩主・忠之との間に軋轢を生じ収拾不可能となると幕府に訴え出ます。 幕府は徳川家と黒田家との関係を重視し大善を南部藩預けとし、忠之の寵臣を高野山への追放し事を収めました。 これが「黒田騒動」ですが栗山大善は南部藩で余生を過ごし20年後に没することになります。 この時.....[全文を表示]



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