2026年10月10日 / 最終更新日時 : 2026年10月11日 kento それってホント? 福岡の由来 「福岡」の地名の由来は関ケ原の戦い後に筑前に入った黒田長政が曽祖父・高祖父の住した備前福岡から採ったらしく、長政が築城した城は「福岡城」、その北側の町は「福岡町」とされました。 その後、大政奉還で江戸時代は終ります。明治 […]
2026年9月22日 / 最終更新日時 : 2026年10月11日 kento 余談 筒井の由来 大野城市は南北に細長い形をしていますが、その北部で3号線バイパスの西側に筒井は位置します。その筒井の地名の由来を貝原益軒は『筑前国続風土記』の筒井村の項に次の通り書いています。 村中に筒井という清水があり、 […]
2026年5月6日 / 最終更新日時 : 2026年10月11日 kento 余談 乙金の由来 福岡県大野城市乙金は「おとがな」が正式の呼称のようですが、ただ実際は「おとがね」と呼ばれるのが一般的のようです。福岡人の仲間内の会話では「おとがね」で統一されると認識しています。また乙金周辺でも企業名や建物名はほぼ「おと […]
2023年5月11日 / 最終更新日時 : 2026年10月11日 kento それってホント? 「大刀洗」地名の由来 (1358年) -「関ヶ原」に並ぶ大合戦「筑後川の戦い」- 1358年「関ヶ原の戦い」「川中島の戦い」と並び称せられる「筑後川の戦い」が起こり、少弐、大友を中心とする北朝軍と懐良親王、菊池を中心とする南朝軍が筑後川の北側で激突します。 […]
2023年5月8日 / 最終更新日時 : 2026年10月11日 kento それってホント? 蜷城(ひなしろ)の由来 (300年代) -カワニナの城と二つの玉- 朝倉市林田にある美奈宜(みなぎ)神社にはその地域の呼び名「蜷城(ひなしろ)」の由来が伝えられています。 大昔、ここはよく肥えた豊かな地でしたが、古処山に羽白熊鷲と言う者があり、時々山を下りてき […]
2021年3月28日 / 最終更新日時 : 2026年10月11日 kento 余談 吉塚の由来 立花統虎(むねとら・宗茂)が籠る立花城を攻撃する島津の兵は、秀吉の軍が九州に上陸した情報を得ると南に向けて撤退を開始します。ひと月ほど前に岩屋城の戦いで実父・高橋紹運を島津に討たれた統虎は、これを機に城を出て攻撃に転じ、 […]
2020年8月3日 / 最終更新日時 : 2026年10月11日 kento 余談 羽犬塚の由来 羽犬塚の由来は、二つあるようです。 一つは九州征伐の際、豊臣秀吉が連れてきた羽がはえたかのようにすばしっこく走り回る犬がこの地で死んだため、塚を作り「羽犬塚」としたという言い伝えと、もう一つはこの地に人馬を襲う羽のはえた […]
2020年7月25日 / 最終更新日時 : 2026年10月11日 kento 余談 塔原の由来 筑紫野市塔原東には、むかし十王堂がありその境内に立っていた塔の礎石が今も残っています。 貝原益軒は「筑前国続風土記」の中で 「むかし此所(ここ)に塔あり、遠くより能(よく)見ゆ。此(この)塔ある故に塔の原といひしとかや」 […]