蜷城(ひなしろ)の由来 (300年代)

-カワニナの城と二つの玉-

朝倉市林田にある美奈宜(みなぎ)神社にはその地域の呼び名「蜷城(ひなしろ)」の由来が伝えられています。

大昔、ここはよく肥えた豊かな地でしたが、古処山に羽白熊鷲と言う者があり、時々山を下りてきて村人を苦しめました。
これを聞いた神功皇后は、神に祈り神託を得て、『潮干玉』と『潮満玉』の二つの玉を授かります。

羽白熊鷲が攻めてくると、神功皇后は神託どおりに『潮干玉』で川の水を干上がらせ、カワニナ(川蜷・筑後川に生息する貝)にお願いして城を作らせます。そして羽白熊鷲がこの城を攻めるのを狙って、『潮満玉』で川に水を引き入れます。羽白熊鷲の軍は濁流に呑まれ滅び去り、村には平穏な日々が戻ったという事です。
美奈宜神社はその神を祀るために神功皇后によって建立されたと言われ、村を守った蜷の城(ニナノシロ)が訛ってこの地名、蜷城(ひなしろ)になったと言う事です。また神社の名・美奈宜(みなぎ)は蜷城(になぎ)と関連があると、美奈宜神社の案内板には書かれています。


写真は美奈宜神社の本殿になります。ここに記した内容は蜷城地区振興会によって建てられた案内板に書かれる「蜷城の名の由来」を要約したものです。