【記想録】住吉神社の一夜松

『筑前国続風土記』の住吉社の項には次の通り書かれています。

文明12年(1480年)宗祇法師、筑紫に下りける時かける紀行(筑紫道記)に、楼門半(なかば)やぶれて社壇(しゃだん・社殿)も全(まった)からず。いかにと問へば、この十年余りの乱故(戦乱)とかたるも悲しとある。
宗祇法師は『筑紫道記』に、住吉神社の壊れた楼門や破損した社殿を目の当たりにし、案内人に事情を問うと、ここ十数年の戦乱によるものですとの答えを受け、虚しさを感じたと書き残している。
 
「十年余りの乱故」とは応仁の乱の混乱で起こった大内氏と少弐氏の筑前争奪戦のことになります。
 
そして宗祇は『筑紫道記』に一夜松の事も書いています。 […本文へ]