鬼火の話 (~江戸時代)
貝原益軒の『筑前続風土記』には「大休」という地区のことが書かれています。「大休」は今の福岡市動植物園がある南公園あたりの高台の地域で、山を越える人々がここで荷物を下ろしひと休みする場所であると益軒は書いています。そして続けて、この辺りにはよく鬼火がでると書いています。
夏冬の限らず、夜になると飛火がでる。高く飛んだり低く飛んだり、高さは一定ではない。人が近づけば飛び去って見えなくなる。特に雨の夜によく出る。毎夜毎夜のことではない。古くからある現象で、福岡辺りの人々は見慣れているので、不思議な事だとは思わない。このことはここだけの話ではなく、あちらこちらにある事で、筑後国の高良山、河内国の松原などもこの類である。
そして中国での例を挙げ、人々はこのような光が出現する下には宝があると考えたと書き、銅鉱の上や、川に沈んだ銅鐸の上に出現した事を挙げ、また兵の屍や牛馬の血がよく燐を出しそれが光るとの説も挙げています。
このような中国の説を参考にするならば、この山の下には銅鉱があるのかもしれない。もしくは、昔の合戦で斃れた兵士たちの血が燐となっていいるのだろうか?不思議な事である。
また「塩煮塚」の項でもこう書きます。
その飛火は蓑島、塩原、住吉、比恵、高宮、野間などの村々を飛び廻って、人が近づけばスーッと消え、また遠くに浮かび上がる
そして「山王権現社」の項にも次の通り書いています。
この村(比叡村)より出て、4キロほど四方に飛び廻る。季節に関わらず時たま現れる。遠くに見れば松明の火のようで、近づけばロウソクのようで、その色は青白く、二つ三つと別れて並び飛ぶ。まじかでは水の精のようで火ようには見えない。
鬼火、人魂、火玉、狐火、怪火いろいろ呼び方はあるようですが、田舎にふるさとがあった五六十代の方々は、祖母などの話に聞いた覚えがあるかもしれません。ただ最近はめっきり、このような話は聞かなくなりました。アスファルトやコンクリートで出現する条件が整わないのか、実際は出現していても、街灯の明かりで人の目には見えないのかは不明です。
塩煮塚・・・南区塩原中央公園の北端に碑があります。この辺りは鎌倉時代まで浜辺で、塩の精製が行われていたようです。
山王権現社・・・博多区の山王公園にあった神仏習合の社。現在は日吉神社として残っています。
比叡村・・・定かではありませんが、現在の博多区山王、比恵町、東比恵あたりにあった村だと思われます。

