貝原益軒「筑前国続風土記」 (1703年)

1630年貝原益軒は福岡藩の藩医の子として生まれ、京都、長崎、江戸で見聞を広めます。
益軒は自分の目で見て考え納得したことを文章にする実証主義の人だったようで、「筑前国続風土記」を著すにあたって筑前各地へ自ら足を運び、史跡を確認し、地元民の言い伝えを聞き集めています。
益軒はこの他に「大和本草」「養生訓」「黒田家譜」「黒田記略」「女大学」「和俗童子訓」「大和俗訓」などの著作に励みますが、この中の「女大学」は夫人の東軒によって書かれたもではないかといった説もあります。