糸島の平家伝説 (平安時代)

-平重盛の妻子と都見石-

糸島市の二丈満吉には「都見石(みやこみいし)」という史跡があります。この石は、唐原(とうばる・糸島市満吉の南部)の山中の畑の所々に露出する1~2m程の岩石群の事になります。唐原には、この石に関する伝説が残ります。

時は源平合戦で平家が大宰府に追われた頃の平安時代末期、平清盛の嫡男・平重盛の妻女と二人の娘がこの唐原の地に隠れ住んだと言われます。姉妹の名は、千姫と福姫と言い、都に比べるとずいぶん厳しい山での生活でしたが、いつか都に帰れる日を夢見て過ごします。二人は山から遠くに見える港に入ってくる船を都からの迎えではないかと、大きな石の上に立って長い間、眺めていたという話が残っています。しかし、二人が都に帰る夢は叶いませんでした。
「壇ノ浦の戦い」以降、源氏の兵は落武者狩りを厳しく行いますが、このとき重盛の妻子が唐原に隠れ住んでいる事が知れ、重盛の血を引く姉妹は斬られ、妻女は悲しみのあまりその後に追ったと伝えられます。
そして後に姉妹が港を眺望するために立った大きな石が「都見石」と呼ばれるようになったという事です。

この唐原の地には、「都見石」の他に、重盛の遺髪を葬った「黒髪塚」、「重盛内室の墓」などの伝説にまつわる史跡が存在します。そして現在でも晴れた日には唐原の「都見石」のある辺りからは、二人が眺望したと思われる深江の湾(糸島半島西)を望むことができるのです。