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福岡史伝…福岡の歴史をできる限り簡単にご紹介!

名所旧跡…メジャー観光地と観光バスは行かない隠れた旧跡

福岡人物伝…歴史は人が造る!福岡の歴史に登場した人々

意外な話…それってホント?意外すぎる話。

よくわかっていない事…歴史って考えれば考えるほど面白い!!

一夜漬け福岡史…時間がない忙しい人用のページ

福岡歴史年表…福岡2000年の歴史概要

名所旧跡フォトライブラリ…乱雑ですが写真集です

リンク…博物館、資料館、図書館へのリンクです。

余談…ひとり言的な話です

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はじめに…お願いと参考書

 
新着情報

2022.7.3

【記想録】行蔵は我に存す

2022.6.5

【記想録】待てば霽る

2022.5.3

【記想録】奔馳角逐の心を消すべし

2022.4.23

【記想録】一飯も竟に終身の感を致す

2022.4.16

【記想録】例えば卒然の如し

2022.4.10

【記想録】徳は才の主

2022.4.4

【記想録】衆は害に陥りて能く勝敗を為す

2022.3.6

【記想録】兵とは国の大事なり

2022.2.23

【記想録】信なくば立たず

2022.2.12

【記想録】その鋒鋩を露すべからず

名言・格言「黒板にちゅ~も~く!」
しやせまし、せずやあらましと思う事は、おおようはせぬがよきなり
-やるかやらぬか迷う時は、たいてい止めておいた方がよい-
徒然草





名所旧跡・福岡地区東部
 【蒙古碇石】-福岡市東区箱崎宮境内-



【蒙古軍船碇石】
福岡県指定 文化財

文永十一年(西暦一、二七四年)十月二十日 蒙古軍三万は、九百隻の艦船に乗って博多に迫り、終日わが軍と激戦を交え、本宮も兵火によって、焼失したのであったが、翌二十一日朝には、意外にも湾内から姿を消してしまった。
世上これは神風によるものだという。
古来博多付近には蒙古軍船の碇石と称するものが十数本あり、肥前から壱岐にかけても五本ほどあって、いずれも海中から引揚げられたものであるが、場所がら歴史的記念物であるとして珍重されてきた。
この碇石は博多港中央波止場付近の海中から引揚られた六本中の一本であって、石質は赭色凝灰岩である。 この種の石材は蒙古軍の造船地であった朝鮮全羅南道興南方の天冠山に求めることができる。

筥崎宮境内「蒙古軍船碇石」の案内板より

碇石の後ろに見える石垣は、西南高校にある元寇防塁を一部移設展示したものです。









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スポットライト人物伝


【大友貞宗(おおともさだむね)】
(?~1334年)


「元弘の乱」で北条英時の鎮西軍と共に鎮西探題に討入った菊池武時を敗死させますが、 その2ヵ月後には少弐貞経と共に北条英時を攻め滅ぼし最後の北条氏の勢力を殲滅します。そしてその7ヶ月後には貞宗自身も急死する事になります。



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