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船迫窯跡(築上郡築上町船迫)【名所旧跡・京築】
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もう一つの都(豊津とその周辺の史跡)【意外な話】
豊前国府中門跡 福岡の古都といえば誰もが大宰府を思い浮かべるに違いないのですが、福岡にはもう一つの古都が存在します。 それが京都郡みやこ町・豊津とその周辺の地域になります。ここには豊前国分寺や豊前国府跡、船迫窯跡(築上町)、御所ケ谷神籠石(行橋市)などの史跡があり、この施設が大宰.....

国分瓦窯跡(太宰府市国分寺)【名所旧跡・太宰府・筑紫野】
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目   次

福岡史伝…福岡の歴史をできる限り簡単にご紹介!

名所旧跡…メジャー観光地と観光バスは行かない隠れた旧跡

福岡人物伝…歴史は人が造る!福岡の歴史に登場した人々

意外な話…それってホント?意外すぎる話。

よくわかっていない事…歴史って考えれば考えるほど面白い!!

一夜漬け福岡史…時間がない忙しい人用のページ

福岡歴史年表…福岡2000年の歴史概要

名所旧跡フォトライブラリ…乱雑ですが写真集です

リンク…博物館、資料館、図書館へのリンクです。

余談…ひとり言的な話です

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はじめに…お願いと参考書

 
新着情報

2020.11.25

【記想録】秀吉の手紙

2020.11.24

【記想録】孝高、信長面会

2020.11.23

【記想録】毛利と宇喜多の旗

2020.11.22

【記想録】松壽丸危うし

2020.11.4

【記想録】異説 賤ヶ岳の七本槍

2020.11.1

【記想録】赤松則房の事

2020.10.14

【記想録】勝龍寺城攻め

2020.10.11

【記想録】本能寺の変を報せた男

2020.9.27

懐良親王終焉之地を追加しました

2020.9.26

男装の漢詩人・原采蘋を追加しました

名言・格言「黒板にちゅ~も~く!」





名所旧跡・博多区
 【「黒田節」像】-JR博多駅博多口-



「黒田節」像

【黒田節の由来】
文禄五年(1596年)正月、黒田長政の家臣、母里太兵衛は主命により福島正則の邸に使いした。宴酣となつて、正則は、酒杯を固辞する太兵衛に、この大杯で飲むならば褒美は所望次第と強要する。太兵衛は、この上の辞退は武士の恥辱と、即座に大杯三杯を飲みほして、正則が秘蔵する太閤秀吉下賜の名槍日本号を手に、悠々として辞去し、黒田武士の真骨頂を発揮した。今日の黒田節は、この逸話を歌つた筑前今様である。
この像は、彫刻家米治一先生の作で、福岡博多ライオンズクラブが創立五周年を記念して建立し、福岡市に寄贈されたものである。

昭和四十五年五月
福岡市長 阿部源蔵
ヒロカネ謹製
 

博多駅「黒田節像」の銘板より

      酒は呑め呑め 呑むならば
      日本一(ひのもといち)のこの槍を
      呑み取るほどに呑むならば これぞ真の黒田武士

この黒田節は、黒田家の猛将、母里太兵衛が福島正則より勧められた大量の酒をすべて飲み干し、約束どおり名槍「日本号」 を受け取ったという話を謡ったものです。 博多駅の像のモデルが母里太兵衛なのかそれとも黒田節を舞う黒田藩士なのか、把握していませんが、 一般的に博多駅の像は「黒田節像」と呼ばれ、「母里太兵衛像」は別に、 中央区西公園の光雲神社(てるもじんじゃ)にたたずんでいます。










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スポットライト人物伝


【北条英時(ほうじょうひでとき)】
(?~1333年)


最後の鎮西探題で足利尊氏の正妻・登子の兄。「元弘の乱」で動揺する九州の御家人を博多の鎮西探題に呼び集め収拾に務めようとしますが、 博多に入った肥後の菊池武時は鎮西探題打倒を目指し探題を襲います。 この時は少弐、大友の協力を得た英時が菊池武時を討ち取ります。 しかし2ヵ月後には少弐貞経、大友貞宗、島津貞久に攻められ自害することになります。


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