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五郎山と天山と宝満山(2018年3月5日)【余談】
福岡県筑紫野市にある歴史にまつわる三つ山を撮影しました。(北に向かって撮影しています)  手前が五郎山古墳がある原田・五郎山。五郎山古墳は終戦から2年後に発見された6世紀後半の古墳とされ内部では壁画が発見されています。現在は国指定の古墳となり、山は公園として整備されています。  手前から.....

岩戸山古墳(八女市)【名所旧跡・筑後地区南部】
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磐井の乱(527年)【福岡史伝・弥生・古墳】
継体天皇は527年、対新羅戦のため任那に近江毛野(おうみのけな)率いる兵6万を送ろうとしますが、筑紫国造の磐井が乱を起こしこれを阻みました。 これは「新羅からの内応要請」や「朝鮮半島での戦役の負担への反発」などが理由とされています。 磐井は肥後と豊後を押さえ、朝鮮からの朝貢船を奪います。 これ.....

弥生・古墳時代(中国文献に記される奴国と三国朝鮮へ)【一夜漬け福岡史】
西暦57年、中国後漢の皇帝より奴国王に金印が送られますが、これが文献に残る初めての福岡に関する出来事です。 それから約200年後に書かれた三国志の「倭人の条」には邪馬台国への道筋が記載されその途中の国として 伊都国(いとこく・糸島市)、奴国(なこく・福岡市)、不彌国(ふみこく) など福岡.....

卑弥呼は誰?(百襲媛(ももそひめ)は鬼道につかえる?)【わかっていない事】
「魏志倭人伝」には卑弥呼に関して次のような記述があります。 「 ~前略~ 一女子を立てて王となす。名を卑弥呼という。鬼道に事(つか)え、よく衆を惑わす。この年長大なるも、夫婿なく、男弟あり佐けて國を治む。王となりて以来、見(まみ)ゆる者少なく、婢千人を以て自ら侍せしむ。ただ男子一人あり、飲食を給し.....









目   次

福岡史伝…福岡の歴史をできる限り簡単にご紹介!

名所旧跡…メジャー観光地と観光バスは行かない隠れた旧跡

福岡人物伝…歴史は人が造る!福岡の歴史に登場した人々

意外な話…それってホント?意外すぎる話。

よくわかっていない事…歴史って考えれば考えるほど面白い!!

一夜漬け福岡史…時間がない忙しい人用のページ

福岡歴史年表…福岡2000年の歴史概要

名所旧跡フォトライブラリ…乱雑ですが写真集です

リンク…博物館、資料館、図書館へのリンクです。

余談…ひとり言的な話です

更新履歴…アップした日付

訂正履歴…間違い直しの履歴です

はじめに…お願いと参考書

 
新着情報

2021.11.6

【記想録】 姦悪をなす者その才人に過ぐ

2021.10.17

【記想録】 口に才ある者は・・・

2021.10.4

【記想録】 衆これを悪むも必ず察す

2021.9.11

【記想録】志無きの人は鈍刀の如し

2021.8.28

【記想録】則ち怨み遠ざかる

2021.8.22

【記想録】三十六策、是れ走を上計とす

2021.8.21

【記想録】己の欲せざる所は人に施す勿れ

2021.8.16

【記想録】漱石が子規からもらった漱石

2021.8.15

【記想録】兵の形は水に象る

2021.8.14

【記想録】逆境の中に居ればみな薬石

名言・格言「黒板にちゅ~も~く!」
三十六策、逃ぐるをこれ上計とす
南斉書





福岡史伝・戦国
 【豊臣秀吉の筑前一夜城】(1587年)

益富城跡のある嘉麻市中益の城山
島津氏の九州制覇を阻止すべく1587年、豊臣秀吉は二十数万の軍を九州に上陸させ、自らも九州に乗込み小倉から行橋をまわって筑豊に入り、島津方の秋月種実の城を攻略します。秀吉軍の勢いに形勢不利とみた種実は居城とした益富城(嘉麻市大隈町)を捨て本拠地の古処山城(秋月の北東の山頂)に籠もります。
夜になり古処山から益富城方面を臨むと、そこは見渡す限り秀吉軍のかがり火で満ち溢れ、翌日には城の建て替えも始まり時を置かずして完成します。また、秀吉の軍の馬には仮面が被せられておりその形相が龍蛇に見えたため兵士たちは「上方の軍馬は馬にあらず」と言い合ったといわれます。これらの事で秋月の将兵は戦意を消失し、種実は息女と天下の茶器「楢芝」を差出し降伏します。

この時の事を貝原益軒は「黒田家譜」に次のように記述しています。
「敵の気を奪はん為、暮に及てわざと嘉摩穂波の村々に、かがり火を多くたかせ給う。南は桑野より、北は飯塚の辺に及べり。秋月家人共、古処山の頂より東の方を見渡せば、秀吉公の軍兵両郡に充満して、諸軍の陣に燃す火は晴たる空の星のごとく、野も山も村里も皆軍兵とみえて夥(おびただ)し。夜明て古処の山上より大隈の城をみれば、一夜の中に見馴れぬ白壁出来腰板を打たれば、見る者驚きて神しょう(神のなせる業)のおもひをなせり。是は敵の目を驚かし、勇気をくじかせんために、播磨杉原の紙を以、夜中に城の壁をはらせ、民屋の戸板を集めて墨をぬり、腰板にさせ給けるなり。」

写真は益富城跡がある嘉麻市大隈町城山。大隈町では10月末から11月にかけて「一夜城祭り」が執り行なわれ、期間中、城山には益富城が出現しライトアップされています。









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スポットライト人物伝


【黒田長政(くろだながまさ)】
(1568年~1623年)


豊臣秀吉の参謀・黒田官兵衛(如水)の長男として生まれます。十歳の頃に父・官兵衛の謀反が疑われ織田信長に殺されかけますが、 秀吉の部下・竹中半兵衛に匿われ命を取り留めます。それから二十数年後に秀吉が死去し「関ヶ原の戦い」が起こると、 徳川家康の東軍に属します。この戦いは小早川秀秋の寝返りで東軍が勝利を大きく引き寄せたといいますが、 この「寝返り」を事前に根回ししたのが長政だといわれています。戦後、長.....[全文を表示]



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