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福岡史伝・鎌倉 【岩門合戦-霜月騒動-】(1285年)
ところで「霜月騒動」で自害した安達泰盛という人は文化人の間でも名の知れた人だったようで、吉田兼好は「乗馬の達人」として取り上げ、 一遍上人は「大きな人」と評しているようです。 また「蒙古襲来絵詞」で有名な肥後の竹崎季長はこの絵巻の中に少弐景資、安達盛宗、安達泰盛を描かせており、 恩賞を直訴した安達泰盛からは海東郷の地頭に任じられたことも記載しています。 そしてこの絵巻の最後に「永仁元年(1293年)二月九日」と書き入れています。 この1293年という年は「霜月騒動」の仕掛人、平頼綱が滅ぶ「平禅門の乱」の起こった年でもありました。 (2011.7.16)
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