Mousegallery






余談
 【三国志について

「邪馬台国はどこ?」の冒頭で「皆さんよくご存知の『三国志』には・・・」と書いてしまいましたが、 正確に書くと日本で一般的に知られているのは晋の時代に陳寿によって書かれた史書の「三国志」ではなく、 明の時代に書かれた羅貫中の「三国志演義」になります。 この「三国志演義」は「三国志」を元に書かれた読み物(小説)で歴史書ではないのです。 三国志本の愛読者はこの辺りの事情をよくご存知でしょが、 劇画や映画・人形劇などでのみで三国志に触れられた方は、 一度、吉川英治氏の「三国志」とその八巻の解説をご参照いただければご理解いただけると思われます。
ただ血湧き肉躍る「三国志」を演出してくれた羅貫中の功績は大きく、 「三国志演義」は「三国志」という名で現在も世界各国で読み継がれています。




関連記事:三国志

















福岡史伝へのアクセスにはこのQRコードをご利用ください
https://www.2810w.com


スポットライト人物伝


【懐良親王(かねながしんのう)】
(1329年~1383年)


後醍醐天皇の皇子で、薩摩から九州へ上陸し南朝側の菊池武光に迎えられ肥後北部の菊池に征西府を開きます。 その後、菊池氏の武力を背景に1361年に大宰府を攻略し九州をほぼ制圧します。 この頃、創生期の明では倭寇に手を焼いた洪武帝が抗議の使者を送りますが、これに日本国王として応対したのが懐良親王です。 親王はこの使者を斬捨てる素振りをしたり、アイロニーに富んだ長文の返書をしたためたりと、一筋縄では行か.....[全文を表示]



このページは ClubTwinHut が運営しています



© 2011 福岡史伝