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余談
 【都井岬の馬

天然記念物「御崎馬」(串間市都井岬)

宮崎の観光名所のひとつ「都井岬」にはの野生馬が生息していることで有名ですが、これは秋月藩が軍馬育成のために放牧したものが野生化したものといわれています。
秋月氏は「藤原純友の乱」を平定した大蔵春実の血を引く家柄で、九州では武家御三家といわれた少弐・大友・島津氏よりも古い血筋になります。 戦国時代、秀吉の九州征伐の際には九州の雄・島津氏に属して抵抗したため、島津氏の降伏後に筑前・秋月より日向に転封されたのですが、 私はこの転封先を最近まで「日向・高鍋」とばかり思っていました。 しかし「都井岬の馬」のことを調べているうちに転封先は「日向・串間」であり「関ヶ原の戦い」以後に高鍋に移り高鍋秋月藩が成立した事を知り、慌てて秋月氏に関する記事を訂正することとなりました。
ところで都井岬の野生馬は現在の競走馬に比べると、一回り小さい体躯を持つようです。実際のところ戦国時代の武将達は歴史ドラマで見る様な背の高い馬ではなく、この様なひと回り小柄な馬に跨り、戦場を駆け巡ったのかもしれません。

































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スポットライト人物伝


【河野通有(こうのみちあり)】
(1250年~1311年)


伊予の御家人で「弘安の役」に博多湾岸警護に参陣します。 河野の軍は防塁を背に陣を張り元軍に怯るまない姿勢を見せました。 この陣は「河野の後築地(うしろついじ)」と評判になり日本軍の意気高揚につながったといわれます。 また操船術に長けた河野軍は小船で元軍の船に夜襲をかけます。通有は元軍の放った石弓により負傷しますが、 敵将を生け捕りにする武功を挙げたと言われています。



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