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福岡人物伝
 【加藤司書(かとうししょ)

西洋諸国の介入を招く恐れのある国内対立を早期に収束させるため、 西郷隆盛と共に第一回長州征討軍解兵に尽力します。しかし一年後には藩内・佐幕派の台頭で「乙丑の獄」が起こり、 博多の天福寺で切腹することになります。 ちなみに福岡藩と土佐藩の成り立ちは「関ヶ原の戦い」より徳川家の天下平定に協力し、外様ながら譜代以上の待遇を得ていることで類似しています。 また幕末には勤王党が活発な活動をし、弾圧された面でもよく似てますが、ただ一つ土佐勤王党が郷士を中心として組織されたのに対して、 筑前勤王党が家柄に関係なく組織された面に相違があるようです。この加藤司書も上流武士の出身で筑前勤王党の中心人物となり、家老職にも就いています




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スポットライト人物伝


【毛利元就(もうりもとなり)】
(1497年~1571年)


主家・大内氏を倒した陶晴賢(すえはるかた)を「厳島の戦い」で破り、大内氏の地盤を手にすると次に筑前へ進出し大友宗麟と対立します。 元就は宗麟に父を殺された秋月種実に兵を与え秋月に帰還させた上、抵抗させ、 次に大友氏の有力武将・高橋鑑種(たかはしあきたね)を調略し謀反を起させます。 しかし大友宗麟の支援する大内氏残党や尼子氏が毛利の背後を脅かしたため中国へ撤退せざるおえなくなりました。



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