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福岡人物伝
 【栗山大善(くりやまだいぜん)

黒田官兵衛の信頼の厚かった栗山利安の息子。 栗山大善は第二代藩主の座に黒田長政の長男の忠之を就けますが、 その後、何かと行動に問題のある藩主・忠之との間に軋轢を生じ収拾不可能となると幕府に訴え出ます。 幕府は徳川家と黒田家との関係を重視し大善を南部藩預けとし、忠之の寵臣を高野山への追放し事を収めました。 これが「黒田騒動」ですが栗山大善は南部藩で余生を過ごし20年後に没することになります。 この時の藩の存続を危うくした大善の行動に関しては肯定派と否定派に分かれたようです。 この事件との関係はないのでしょうが、貝原益軒は「筑前国続風土記」で 甲羅干しをしていた大亀をたまたま通りかかった栗山大善が得意の鉄砲で撃ち殺したため大洪水が起こったという伝説を紹介しています。




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スポットライト人物伝


【平頼盛(たいらよりもり)】
(1133年~1186年)


平清盛の異母弟で平治の乱に活躍します。平清盛の指示により博多に人口港「袖の浦」が建造されたといわれていますが、 実際この港の建造を采配したのは1166年大宰大弐任命された平頼盛だと思われます。 ただし貝原益軒の「筑前国続風土記」には菅原道真配流の時期には「袖の浦」が存在したことをにおわす記述があり、 「袖の浦」の確かな建造年はわかっていません。 ところで頼盛はのちの源平合戦の時、平家一門と袂を.....[全文を表示]



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