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福岡人物伝
 【小早川秀秋(こばやかわひであき)

豊臣秀吉の正妻ねねの甥にあたり、義父・小早川隆景の隠居に伴い入れ替わりで筑前の名島城に入ります。 「関ヶ原の戦い」では西軍から東軍へ寝返り、勝敗に大きく影響を与えたといわています。 戦後は加増され岡山に移りますが、「裏切り」の汚名を拭いきれず家臣とともに苦悩の日々を送ったと想像されます。 そして二年後には若くして死去します。 この秀秋の「関ヶ原」での行動には過去の出来事と戦いに至るまでの流れより同情的な見方も少なからずあるようです。 ところで博多三大祭のひとつ「博多どんたく」は昔「松ばやし」と呼ばれ正月の祭りだったそうですが、 この「松ばやし」の行列が小早川秀秋の名島城に入った記録が残っているようです。




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スポットライト人物伝


【景行天皇(けいこうてんのう)】
(西暦300年前後?~)


崇神天皇の孫で、橿日宮で崩御した仲哀天皇の祖父にあたります。
皇位に就いた当時、出産時に夫は子供が生まれるまで臼を担いで家のまわりを廻る風習があり、天皇も皇后が出産する際にこの風習に倣い、臼を担いで屋敷のまわりを廻っていたのですが、子供が双子だとわかった天皇は臼に向かって「こん畜生」と叫んだという逸話が日本書紀に記載されています。この時、生まれた双子の弟が後の日本武尊(やまとたけるのみこ.....[全文を表示]




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