Mousegallery






福岡人物伝
 【菊池武光(きくちたけみつ)

菊池武時の十男で、母親方の後ろ盾がなかったためか十三代頭主の兄・菊池武重の没後、弟の武士(たけし)にその座を譲ります。しかし公卿の娘の子であった武士は武力、統率力に欠けたのか頭主の座を廃されて、武光が十五代頭主となります。 その後 武光は後醍醐天皇の皇子・懐良親王を迎え着々と勢力を拡大し筑後から筑前へ侵攻します。 この時、筑前では北朝方の少弐頼尚と九州探題・一色範氏との間で内部抗争が起こっていました。 武光は先ず一色範氏と手を結び少弐頼尚に当たり、次に頼尚と同盟し範氏を破ります(針摺原の戦い)。 この戦いで大敗を喫した範氏は後に九州を追われます。 そして武光は残った宿敵・少弐頼尚と「筑後川の戦い」で壮絶な戦い繰り広げ、勝利を勝ち取り2年後には大宰府を奪います。 この時より12年間、九州は南朝勢力が掌握することとなります。




関連記事:武光

















福岡史伝へのアクセスにはこのQRコードをご利用ください
https://www.2810w.com


スポットライト人物伝


【毛利元就(もうりもとなり)】
(1497年~1571年)


主家・大内氏を倒した陶晴賢(すえはるかた)を「厳島の戦い」で破り、大内氏の地盤を手にすると次に筑前へ進出し大友宗麟と対立します。 元就は宗麟に父を殺された秋月種実に兵を与え秋月に帰還させた上、抵抗させ、 次に大友氏の有力武将・高橋鑑種(たかはしあきたね)を調略し謀反を起させます。 しかし大友宗麟の支援する大内氏残党や尼子氏が毛利の背後を脅かしたため中国へ撤退せざるおえなくなりました。



このページは ClubTwinHut が運営しています



© 2011 福岡史伝