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福岡人物伝
 【島津貞久(しまづさだひさ)

「元弘の乱」で少弐貞経、大友貞宗と共に鎮西探題・北条英時を攻め滅し、「多々良浜の戦い」では足利軍に属して戦います。 島津氏は少弐氏、大友氏と共に鎌倉時代に守護を命じられ少弐氏は九州北西部、大友氏は北東部、そして島津氏が九州南部を治めます。 この三氏は九州御三家と呼ばれ九州の中心武家として戦国時代まで存続しますが、江戸時代以降も続いたのはこの島津氏だけでした。




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スポットライト人物伝


【玄昉(げんぼう)】
(?~746年)


藤原氏の有力者たちが当時に流行した天然痘で次々に死去すると橘諸兄(たちばなもろえ)が権力を担い脱藤原氏の体制を目指します。 唐留学僧・玄昉(げんぼう)はその諸兄に抜擢され僧正に任じられますが大和政権での派閥抗争は収束せず、 8年後には自らが観世音寺へ左遷され翌年には原因不明で死去する事になります。現在、戒壇院の北側に玄昉の墓が残っています。



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