福岡人物伝 【少弐経資(しょうにつねすけ)】少弐氏の嫡男で元寇では弟の景資と共に奮戦します。「弘安の役」では博多湾から壱岐へ移動した元軍を追撃し壱岐から駆逐しますが、 この戦いで父・資能と長男・資時を亡くしています。 戦後、鎌倉で「霜月騒動」が起こると安達盛宗を討ち、弟の景資の岩門城を攻め自害させます。
少弐氏の嫡男で元寇では弟の景資と共に奮戦します。「弘安の役」では博多湾から壱岐へ移動した元軍を追撃し壱岐から駆逐しますが、 この戦いで父・資能と長男・資時を亡くしています。 戦後、鎌倉で「霜月騒動」が起こると安達盛宗を討ち、弟の景資の岩門城を攻め自害させます。
【鑑真和尚(がんじんわじょう)】(688年~763年)5度の渡航に失敗し、6度目の渡航で来日を果たした唐の高僧です。観世音寺で日本初の授戒を行い、8年後にその地に戒壇院が建立されます。
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