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名所旧跡・朝倉・うきは
 【臼井六郎の生誕地-朝倉市-



臼井六郎の生誕地

日本最後の仇討  臼井六郎の生誕地
父臼井亘理・清子夫妻 干城隊により斬殺される。一子六郎 苦節13年江戸旧黒田家別邸にて犯人を父遺愛の短刀で刺殺し仇討を果たす。M0.5.24 M13.12.17
墓は秋月黒田家菩提寺の古心寺の両親の横にある。


「日本最後の仇討」説明板より


この地は秋月城の北西約200mの所にあり、そこからまた北西約200mの所に古心寺があります。また M0.5.24 は両親が暗殺された明治元年5月24日の事で、M13.12.17 は六郎が仇討を遂げた明治13年12月17日の事になります。

















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スポットライト人物伝


【島津貞久(しまづさだひさ)】
(1269年~1363年)


「元弘の乱」で少弐貞経、大友貞宗と共に鎮西探題・北条英時を攻め滅し、「多々良浜の戦い」では足利軍に属して戦います。 島津氏は少弐氏、大友氏と共に鎌倉時代に守護を命じられ少弐氏は九州北西部、大友氏は北東部、そして島津氏が九州南部を治めます。 この三氏は九州御三家と呼ばれ九州の中心武家として戦国時代まで存続しますが、江戸時代以降も続いたのはこの島津氏だけでした。



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