Mousegallery




名所旧跡・筑後地区南部
 【懐良親王終焉之地-八女市星野村-



懐良親王終焉之地の碑

南北朝の折 征西の宮 星野の地にありて勤皇の志気を鼓舞せられたが弘和三年二十七日土穴にての伝えあり 今尚 大円寺に於て法要を営む

伝征西将軍宮
懐良親王陵

御陵大明神山中これより 二十分
大円寺星野一族菩提寺  五分

昭和三十八年三月 星野村

大円寺に渡る橋のたもとにある石碑より






関連記事:懐良,星野





























福岡史伝へのアクセスにはこのQRコードをご利用ください
https://www.2810w.com


スポットライト人物伝


【栗隈王(くるくまおう)】
(?~676年)


「白村江の戦い」から四年後、668年7月に栗隈王は防備が整いつつあった筑紫に赴任し筑紫率(つくしのかみ)の地位につきます。 その後、翌1月には蘇我赤兄(そがあかえ)が筑紫宰(つくしのかみ)に任命されますが、赤兄は赴任した形跡が見当たらず、 実務は栗隈王が執っていたと思われ、671年には再び栗隈王が筑紫率に任命されます。この辺りの人事については、後の「壬申の乱」 に繋がる派閥闘争が既に始まっていたこ.....[全文を表示]



このページは ClubTwinHut が運営しています


© 2011 福岡史伝