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余談
 【羽犬塚の由来

羽犬塚の由来は、二つあるようです。
一つは九州征伐の際、豊臣秀吉が連れてきた羽がはえたかのようにすばしっこく走り回る犬がこの地で死んだため、塚を作り「羽犬塚」としたという言い伝えと、もう一つはこの地に人馬を襲う羽のはえた凶暴な犬がいたため、九州征伐で当地を訪れた豊臣秀吉が退治し塚を建てたというものです。どちらも豊臣秀吉に絡む伝説ですので、秀吉が島津攻めのため筑後を通った際になんらかの理由で塚が建てられたものと考えられるのですが、はっきりした由来は不明のようです。



















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スポットライト人物伝


【黒田長溥(くろだながひろ)】
(1811年~1887年)


島津藩主の重豪(しげひで)の十三男で、黒田家に養子として入ります。 開明的な藩主で蘭学を取り入れ中洲には反射炉を建設するなどしています。 しかし1865年の「乙丑の獄」で筑前勤王党の弾圧を行い勤皇派を一掃します。 弾圧の原因はハッキリしていないのですが、 勤王党の過激な一派が長溥の重臣を暗殺した二つの事件が一因であるのは間違いないようです。 結果的にこの弾圧が明治以降、福岡藩に大きな影を落としてい.....[全文を表示]



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