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名所旧跡・筑後地区南部
 【水田天満宮-筑後市水田-



筑後市にある水田天満宮は鎌倉時代に菅原道真公を祀り創建された神社になります。幕末の志士・清川八郎は「九州第二天満宮なり」と自著に記述していることが水田天満宮のページに記載されています。
この地は、筑後の志士・真木和泉が10年ほど蟄居したところで、現在も神社の南西100mほどのところに山梔窩(さんしか)という史跡が置かれています。ここには筑前の志士・平野國臣や前出の清川八郎が来訪し、尊王攘夷の策源地となっていたものと思われます。

また水田天満宮本殿の北に接するところには末社の恋木神社(こいのきじんじゃ)があり、恋する女性やカップルの聖地ともなっています。
そのほか境内には、スズメバチを退治して住民を助けた鷽の像やさざれ石などが置かれ、観光でも見どころがあります。








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スポットライト人物伝


【玄昉(げんぼう)】
(?~746年)


藤原氏の有力者たちが当時に流行した天然痘で次々に死去すると橘諸兄(たちばなもろえ)が権力を担い脱藤原氏の体制を目指します。 唐留学僧・玄昉(げんぼう)はその諸兄に抜擢され僧正に任じられますが大和政権での派閥抗争は収束せず、 8年後には自らが観世音寺へ左遷され翌年には原因不明で死去する事になります。現在、戒壇院の北側に玄昉の墓が残っています。



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