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名所旧跡・朝倉・うきは
 【若宮八幡宮狛犬-うきは市-



若宮八幡宮の狛犬

うきは市指定文化財(第一号)
若宮八幡宮狛犬(一対)
弘化二年(一八四五年)の記年銘が残る青銅製の狛犬・江戸時代、吉井の豪商で室屋と称した藤江伴右衛門の寄進である。
筑前博多の山鹿平次郎の制作によるもので、胴部に日田の漢学者、広瀬淡窓の撰文がある。
昭和五十六年十一月一日指定

うきは市教育委員会

「若宮八幡宮狛犬」案内板より

山鹿氏は芦屋釜で有名な芦屋山鹿を出とする博多の鋳物師。太宰府天満宮の麒麟像も山鹿氏によって制作されたといわれます。撰文を書いた広瀬淡窓は福岡の亀井南冥に学び、日田に「咸宜園(かんぎえん)」を創設した儒学者になります。


































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スポットライト人物伝


【高橋鑑種(たかはしあきたね)】
(1529年~1579年)


一萬田氏の出で大友宗麟の有力武将。筑前・高橋家に養子として入り宝満城を任され、支城の岩屋城を築きます。 1567年、筑前侵攻を目指す毛利元就の調略により反旗を翻します。 しかし後方を撹乱された元就が中国へ撤退すると、孤立し筑前を追われることになります。 この謀反の理由は宗麟が鑑種の実家・一万田家を攻め滅ぼし、実兄の一万田親実の婦人を側室に入れた事が一因といわれています。



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