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名所旧跡・福岡地区南部
 【須玖岡本遺跡-春日市岡本-



須玖岡本遺跡

国指定史跡 須玖岡本遺跡 ~岡本山地区~

1986(昭和61)年6月24日指定


須玖岡本遺跡は弥生時代の代表的な遺跡で、中国の歴史書に記された奴国の中心地と推定されています。
奴国の丘歴史公園は須玖岡本遺跡の一角にあり、発掘調査によって弥生時代中期の墓地と住居跡が発見されました。歴史公園は丘陵の尾根部にありますが、尾根上の中央から東側にかけて甕棺墓などの墓地があり、この墓地を取り囲むように祭祀遺構が確認されています。
この墓地は奴国王墓や王族墓のように豊富な副葬品は発見されていませんが、奴国を支えた一集団の墓地といえるでしょう。また、墓地の西側には南北に延びる小さな溝を挟んで、一段下がったところに竪穴住居跡が確認されました。
この遺跡は王墓や王族墓と同時期の墓地や集落があること、小銅鐸鋳型などの貴重な遺物が発見されたことにより国指定史跡となっています。左側にある覆屋では須玖岡本遺跡の一部が発掘調査時の状態で甕棺墓などを見学することができます。

2012年3月 春日市教育委員会

奴国の丘歴史公園内にある案内板より






















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スポットライト人物伝


【真木和泉(まきいずみ)】
(1813年~1864年)


久留米藩の尊皇攘夷の志士で攘夷派の公卿に強い影響力を持ちますが、 「八月十八日の政変」で長州藩が京都を追われると長州派の七卿に下関まで同行します(「七卿落ち」)。 そして翌年には長州軍の一部隊として「禁門の変」に参戦しますが、 戦況が不利になると天王山に登り同士16名と共に自刃し志半ばで一生を終えることになります。



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