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余談
 【塔原の由来

筑紫野市塔原東には、むかし十王堂がありその境内に立っていた塔の礎石が今も残っています。

貝原益軒は「筑前国続風土記」の中で
「むかし此所(ここ)に塔あり、遠くより能(よく)見ゆ。此(この)塔ある故に塔の原といひしとかや」
と書いています。

おそらく遠方から塔が望める法隆寺のような寺がイメージされるのですが、今となっては残された礎石から想いを馳せるしかありません。


塔の礎石は県道31号線「塔原1号交差点」東側の歩道橋の下にあります。 因みに十王堂は閻魔大王をはじめとする冥土で審判を行う十王を祀ったお寺のことになります。



















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スポットライト人物伝


【貝原東軒(かいばらとうけん)】
(1651年~1713年)


秋月藩士の娘で益軒の妻女。1668年に数え年18歳で39歳の益軒と結婚します。書・和歌の他、箏(そう・琴に似た楽器)や胡琴(こきん・中国から伝わった弦楽器)などの楽器にも通じていました。益軒の著作編纂を陰から助け、「女大学」を記述したのは東軒ではないかといった説もあります。益軒が没する前年に63歳で亡くなっています。



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