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名所旧跡・太宰府・筑紫野
 【針摺石-筑紫野市-



針磨石

針摺石

 この針摺石には次のような伝説があり、地名の由来になっています。
 その昔、太宰権帥として左遷されていた菅公(菅原道真)が、天拝山頂で身の潔白を訴えらりた帰り、この地をお通りになりました。
そして、老人が斧を石に当てて一心に摺っているところを目にされました「何にするのだ」と問うと、老人は「針にするのです」と答えたそうです。その言葉に菅公はつよく心をうたれ何事も不断の努力がなければ成就しないものだと、再び天拝山に引き返し、天に向かって訴えを続けられたと伝えられています。
「筑前国続風土記」(一七〇三年)によるとこの石は、もとは山のふもとにありましたが、近年、この場所に移されたとあります。

筑紫野市


針摺石の案内板より
































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スポットライト人物伝


【大蔵春実(おおくらはるざね)】
(?~?)


前漢高祖・劉邦、後漢光武帝・劉秀の血を受け継ぐといわれる人物で朝廷より「藤原純友の乱」の平定に派遣されます。 乱の平定後は大宰府南方の原田に屋敷を置き大宰大監(だざいだいかん)に就任します。その後、京都に戻りますが その地に残った子孫は地名の原田氏を名乗り筑紫の豪族となります。また江戸時代の米沢藩の財政を立て直した上杉鷹山は春実の末裔に当たります。



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