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名所旧跡・太宰府・筑紫野
 【柴田城址-筑紫野市-



柴田城址

鎌倉時代末期~南北朝時代

応安5年(1372年)菊池武光らの砦か?
菊池武光 元応元年(1319年)?~応安6年(1373年12月29日)高良山攻防戦の最中死去 戦国時代(1467年~1584年)末期の1578は、筑紫広門氏の端城で、その家臣、村山近江守の子 弾正の城であった。

ボランティアグループ 天山ふれあい会


柴田城址の案内板より
































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スポットライト人物伝


【中大兄皇子(なかのおうえのおうじ)】
(626年~672年)


645年の「乙巳の変(いっしのへん)」で蘇我入鹿を暗殺し、政権を掌握します。 その後、新羅・唐の連合軍に百済が滅ぼされると百済復興の軍を起こしますが、日本軍は「白村江の戦い」で 破れたため以後は九州の防衛に力を入れ大宰府の移転、水城、大野城を築きます。 この中大兄皇子は意外なことに水時計の研究開発も行った様で大宰府政庁にも水時計が設置されていたということです。



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