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余談
 【水時計があったとされる大宰府・築山

中大兄皇子が開発した「漏刻(水時計)」が設置されていたといわれる築山。
太宰府政庁のすぐ東側にある小高い山ですが、高台に「漏刻」を置くと水はどのように導いたのだろうという疑問が生まれます。
「漏刻」は低いところに設置されていて、時を知らせる太鼓が「築山」に設置されていたのかもしれません。
ただ、「漏刻」が「築山」に設置されていたと仮定して、どのように水を導いたか科学的な見地から思いをめぐらすのもオモシロいのかもしれません。


築山は政庁の東側に位置し、写真手前が太宰府政庁になります。


築山は政庁の東側に位置し、写真手前が太宰府政庁になります。






























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スポットライト人物伝


【河野通有(こうのみちあり)】
(1250年~1311年)


伊予の御家人で「弘安の役」に博多湾岸警護に参陣します。 河野の軍は防塁を背に陣を張り元軍に怯るまない姿勢を見せました。 この陣は「河野の後築地(うしろついじ)」と評判になり日本軍の意気高揚につながったといわれます。 また操船術に長けた河野軍は小船で元軍の船に夜襲をかけます。通有は元軍の放った石弓により負傷しますが、 敵将を生け捕りにする武功を挙げたと言われています。



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