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余談
 【筑紫とは?

益軒は筑前国続風土記の冒頭で、筑紫について言及しています。 「此國を筑紫と名付し事、古は筑前筑後一国にして、是を筑紫といへり。故に日本紀等の古書に、筑紫といへるは、多くは筑前筑後をさせり。又九國をすべて筑紫と称し、或九州の内筑前筑後の外をも、筑紫といひし事も間これあり。筑前はいにしへ官府のありし國にて、九州二島をすべてまつりごちし所なれば、其國の名をとりて、九國をもすべて筑紫といへり。たとへば大和に帝都ありし故、日本をすべてやまとと称せしが如し。」

筑前国続風土記の記述どおり、日本書紀では「筑紫」の定義が結構曖昧のようです。
大宰府周辺のことであったり、九州北部であったり、九州全体であったりと・・・ 大まか筑前は筑紫に間違いないと思われますが、これに豊前、豊後、肥前、筑後が含まれたりします。
また九州全体を筑紫とする記述も確かにあるようです。

「筑紫」とは何ぞやとの回答は「定義できないもの」なのかもしれません。この言葉を使っていた人々が正確な「筑紫」を理解していなかったのですから・・・
地理に詳しい地元の人に「筑紫とは?」と質問しても、帰ってくるのは回答は「筑紫?そりゃ西鉄電車に筑紫駅があろうが、あの辺りたい」といったものに違いありません。




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スポットライト人物伝


【貝原益軒(かいばらえきけん)】
(1630年~1714年)


福岡藩の儒学者で、学才は多岐に渡りシーボルトからは「日本のアリストテレス」と評価されたという逸話もあります。 このページでも度々参照している「筑前国続風土記」の他「養生訓」、「大和本草」、「女大学」などの有名な著書が多数あり、 また宮崎安貞の「農業全書」では序文を書いています。



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