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名所旧跡・久留米
 【将軍梅-久留米市宮ノ陣-



将軍梅

 正平十四年(一三五九年)の夏、征西将軍宮懐良親王を奉じた菊池武光らがこの地に陣を敷いた。親王は、念持仏である阿弥陀像をここに安置し、手向けに一株の紅梅をお手植になり、百万遍の仏名を唱えられたとされている。
 対する少弐頼尚は味坂(小郡市)に滞陣した。八月六、七日、両軍は入り乱れての血戦を交えた。これが有名な大保原の合戦である。
 戦いに加わり戦死した兵士は数干に及ぶといわれる。菊池武光の弟武邦は追慕のあまり出家して、この梅樹のほとりに庵を結び、親王の念持仏に戦死者の冥福を祈ったという。これが側の遍万寺である。
 星霜を重ねて、親王が手向けられた紅梅は老樹となり里人の語り草となって、この老梅樹を人々は「将軍梅」と呼ぶようになったのである。

久留米市

宮ノ陣神社にある将軍梅の案内板より






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スポットライト人物伝


【磐井(いわい)】
(?~528年)


朝鮮での勢力挽回を目指す大和政権から、朝鮮半島への戦役負担命令を受けた国造(くにのみやっこ)磐井はこれに反発し乱を起こします。 しかし継体天皇の命で派遣された物部麁鹿火に破れ斬られたといわれます。



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