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 【「帆柱石」伝説とは?(古墳時代)-大木が石化した珪化木-


帆柱石の碑と案内板
東区名島の海岸には「帆柱石」と呼ばれる。円柱形の化石があり国の天然記念物に指定されています。この石のネーミングは「神功皇后が三韓出兵の際に使用した軍船の帆柱が化石になった」という伝説から採られています。
実際のところは三千数百万年前の樹木が化石化したもので珪化木と呼ばれています。小倉城天守閣入口附近にも同様の珪化木が展示されており、こちらは響灘の海中より引き上げられたものになります。

小倉城の珪化木
これらの珪化木は「石炭になれなかった樹木」といわれ、炭化することなくそのまま石化してしまった樹木のようです。化学、鉱物学には疎く詳しい事はわかりませんが、状況から推測して筑豊地方に残る石炭と海辺や海底に眠る珪化木は元々、同じ原生林に繁殖した同類の樹木なのかもしれません。




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スポットライト人物伝


【島津貞久(しまづさだひさ)】
(1269年~1363年)


「元弘の乱」で少弐貞経、大友貞宗と共に鎮西探題・北条英時を攻め滅し、「多々良浜の戦い」では足利軍に属して戦います。 島津氏は少弐氏、大友氏と共に鎌倉時代に守護を命じられ少弐氏は九州北西部、大友氏は北東部、そして島津氏が九州南部を治めます。 この三氏は九州御三家と呼ばれ九州の中心武家として戦国時代まで存続しますが、江戸時代以降も続いたのはこの島津氏だけでした。



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