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名所旧跡・京築
 【御所ヶ谷神籠石-行橋市津積-



周辺の史跡

御所ヶ谷神籠石と周辺の史跡

 御所ヶ谷神龍石(ごしょがだにこうごいし)は7世紀に国外からの侵攻に備えて築かれた古代の山城跡で、面積 35万平方メートル、全周3kmにおよぶ大規模な遺跡です。切石の列石を連ね、その上に土を積んだ城壁が山を巡っています。列石の多くは埋もれていますが、東門の南側などで見ることができます。城内には建物の礎石や貯水池と推定される遺構もあります。
 この城には7つの城門があり中でも排水口を備えた中門の石塁は壮観で、1300年前のすぐれた土木技術を目の当たりにすることができます。
 また神籠石のなかには景行天皇を祀った神社があり、また周辺には私塾水哉園(すいさいえん)を開いた村上仏山(ぶつざん)ゆかりの蔵詩巌(ぞうしがん)、仏山の師、定村直栄(なおしげ)のいた大島八幡神社や定村家の墓地などの史跡もあります。

現地にある行橋市教育委員会の案内板より
画像は現地案内板に掲載される地域周辺の写真になります。拡大写真はこちらです!!



































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スポットライト人物伝


【玄昉(げんぼう)】
(?~746年)


藤原氏の有力者たちが当時に流行した天然痘で次々に死去すると橘諸兄(たちばなもろえ)が権力を担い脱藤原氏の体制を目指します。 唐留学僧・玄昉(げんぼう)はその諸兄に抜擢され僧正に任じられますが大和政権での派閥抗争は収束せず、 8年後には自らが観世音寺へ左遷され翌年には原因不明で死去する事になります。現在、戒壇院の北側に玄昉の墓が残っています。



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