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名所旧跡・中央区城南区
 【貝原益軒 屋敷跡-中央区荒戸-



貝原益軒屋敷跡の碑

【貝原益軒 屋敷跡】

貝原益軒は、藩医貝原寛斎の五男として城内で生まれ、幼い時から神童といわれ、19歳で福岡藩2代藩主黒田忠之の納戸役として出仕しました。その後、27歳の頃に3代藩主黒田光之に、その才能を見い出され、当地の屋敷と知行(報酬)200石を賜りました。その後、益軒は学者としての業績を残し、「筑前国続風土記」、「養生訓」、「大和本草書」等、60部207冊を著わし東洋のアリストテレスとも言われています。 益軒と東軒夫人の夫婦の墓は、銅像とともに金龍寺(今川二丁目)にあります。

中央区役所 企画課


































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スポットライト人物伝


【武内宿禰(たけのうちすくね)】
(?~?)


日本書紀には筑紫にて神功皇后の補佐をした記述もある人物です。景行天皇から仁徳天皇まで5代の天皇に仕え、 日本書紀の記述が正しいとすれば武内宿禰は300歳近い寿命を全うしたことになりますが、武内氏が数代にわたって歴任した役職ではないかともいわれています。



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