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名所旧跡・中央区城南区
 【貝原益軒 屋敷跡-中央区荒戸-



貝原益軒屋敷跡の碑

【貝原益軒 屋敷跡】

貝原益軒は、藩医貝原寛斎の五男として城内で生まれ、幼い時から神童といわれ、19歳で福岡藩2代藩主黒田忠之の納戸役として出仕しました。その後、27歳の頃に3代藩主黒田光之に、その才能を見い出され、当地の屋敷と知行(報酬)200石を賜りました。その後、益軒は学者としての業績を残し、「筑前国続風土記」、「養生訓」、「大和本草書」等、60部207冊を著わし東洋のアリストテレスとも言われています。 益軒と東軒夫人の夫婦の墓は、銅像とともに金龍寺(今川二丁目)にあります。

中央区役所 企画課


































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スポットライト人物伝


【立花道雪(たちばなどうせつ)】
(1513年~1585年)


大友氏の猛将で、反旗を翻した立花鑑載(たちばなあきとし)を降して立花山城に入場するまでは戸次鑑連(べっきあきつら)の名で知られています。 毛利氏と連携した筑前の秋月、高橋、筑紫氏らが抵抗の兵を挙げると大友軍の中心武将として戦い、 また肥前の龍造寺氏、中国の毛利氏の侵攻を防ぐ活躍をします。 若い時に雷に打たれ足が不自由だったため戦場では輿に乗って指揮をとったといわれています。



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