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余談
 【酒は天の美禄なり

貝原益軒は養生訓で「飲酒」について次のように語っています。

「酒は天の美禄である。少量の飲酒であれば陽気になり血行も良くなり、食欲も出て、愁いを忘れ、やる気が起こり、たいへん利益がある。ただし多量に飲むと人を害する事、酒に過ぎる物はない。水や火が人の役に立つ反面、人に多くの災いをもたらすのと同じようなものだ。」

そして益軒は唐の詩人・白楽天の詩を引用しています。
「一飲一石なる者は、いたずらに多きを以って貴しと為す。其の酩酊の時に及んで、我とまた異なることなし。笑って謝す多飲の者。酒銭いたずらにみずから費やす」
-大酒家は酒量の多いことを貴ぶが、酔っぱらってしまえば酒量によってそれほど変わることはない。 多飲の盃は笑ってご辞退しよう。高い酒代をやたらと費やすだけなのだから-

自らも若い頃より「徒(いたず)らに多きを以って貴(とうと)しと為す」多飲の者として反省しきりです。

(2016.7.2)

































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スポットライト人物伝


【筑紫広門(ちくしひろかど)】
(1556~1623)


筑紫氏は筑紫(筑紫野市南部)に居を構えた豪族で、鎌倉時代から南北朝時代にかけては少弐氏の被官だったと考えられています。おそらく筑前に侵攻してきた大内氏に圧迫された少弐氏と共に肥前東部に追われ養父(佐賀県鳥栖市北部)辺りに居を移したのかもしれません。後に筑紫氏は大内氏に従い、大内氏の滅亡後は毛利氏に同盟し豊後の大友氏と戦います。

筑紫広門は父・惟門が大友氏に討たれたため筑紫氏を.....[全文を表示]




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