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福岡人物伝
 【原田種直(はるだたねなお)

都落ちした安徳天皇と平家一門を筑紫に迎え入れますが、豊後の兵が攻め寄せて来たため平家一門は着の身着のまま北に向かいます。種直はその後を追い、遠賀川河口の山鹿まで護衛しています。
この約1年後には源範頼が九州上陸を開始し芦屋海岸に攻め寄せたため、これを阻止するため交戦しますが敗れ源氏の軍の上陸を許します(葦屋浦の戦い)。そして数日後には平家は壇ノ浦に滅び、種直は捕らえられ鎌倉に送られます。
その後、数年間拘束された種直は、許され怡土に領地を与えられ九州の地へ戻ることになります。




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スポットライト人物伝


【源為朝(みなもとためとも)】
(1139年~1170年)


父親の源為義より勘当され九州にやって来た為朝は自ら鎮西八郎を名乗ります。 「鎮西」とは九州の治安を守る機関またはその統率者のことで、「八郎」は源為義の八男を表しているのですが、 この八郎、九州の治安を守るどころか豊後を中心に肥後、豊前、筑前で暴れ回ったようで、 その傍若無人な行動により遂に香椎宮に訴えられ朝廷より帰京を命ぜられています。 始め八郎はこの命令を無視していましたが、息子の責任を負った父.....[全文を表示]



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