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福岡人物伝
 【平貞能(たいらさだよし)

鎮西反乱が起こると1181年、筑紫に派遣されその翌年には乱を平定し一旦帰還しますが、都は木曽義仲の軍が迫り大混乱の中にありました。貞能は「都に留まるべき」と主張しますが、平家一門は西へ落ちて行き、仕方なく貞能もその後を追って大宰府に入ります(平家物語では東国に向かい宇都宮朝綱の元に身を寄せたとされています)。しかし、今度は豊後の緒方惟義が九州退去を勧告し兵3万で大宰府に迫ります。一門は着の身着のまま四国屋島に逃れますが、貞能はこの時、一門と袂を分かち九州に留まり後に源氏へ下ったと言われています。




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スポットライト人物伝


【佐伯連男(さえきのむらじおとこ)】
(?~?)


「壬申の乱(672年)」で大友皇子の意を受け筑紫に派遣され、筑紫率の栗隈王に援軍を出すよう命令した人物です。栗隈王がこれを拒否したため佐伯連男は栗隈王を斬ろうとしますが、護衛が栗隈王のそばから離れようとしなかったため果たせず筑紫を去りました。
想像になりますが、この人物は「乙巳の変(645年)」に関わった佐伯連子麻呂(さえきのむらじこまろ)の近親者と思われます。




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