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福岡人物伝
 【平貞能(たいらさだよし)

鎮西反乱が起こると1181年、筑紫に派遣されその翌年には乱を平定し一旦帰還しますが、都は木曽義仲の軍が迫り大混乱の中にありました。貞能は「都に留まるべき」と主張しますが、平家一門は西へ落ちて行き、仕方なく貞能もその後を追って大宰府に入ります(平家物語では東国に向かい宇都宮朝綱の元に身を寄せたとされています)。しかし、今度は豊後の緒方惟義が九州退去を勧告し兵3万で大宰府に迫ります。一門は着の身着のまま四国屋島に逃れますが、貞能はこの時、一門と袂を分かち九州に留まり後に源氏へ下ったと言われています。




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スポットライト人物伝


【貝原東軒(かいばらとうけん)】
(1651年~1713年)


秋月藩士の娘で益軒の妻女。1668年に数え年18歳で39歳の益軒と結婚します。書・和歌の他、箏(そう・琴に似た楽器)や胡琴(こきん・中国から伝わった弦楽器)などの楽器にも通じていました。益軒の著作編纂を陰から助け、「女大学」を記述したのは東軒ではないかといった説もあります。益軒が没する前年に63歳で亡くなっています。



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