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名所旧跡・太宰府・筑紫野
 【太宰府天満宮-参道~本殿--太宰府市宰府-


一の鳥居

太鼓橋

麒麟像


「梅ヶ枝餅」を造る店や茶店、お土産店の立ち並ぶ石畳の参道を進むと「一の鳥居」が見えてきます。 ここを右に行くと「光明禅寺」、真っ直ぐ鳥居をくぐると幕末の志士たちが集った「延寿王院」に突き当たります。 「一の鳥居」の写真は「延寿王院」の門前より参道の方角を撮影したものです。
次に「延寿王院」を左にまがって「天満宮最古の鳥居」をくぐると「太鼓橋」があります。結構、急勾配な橋です。 この橋をカップルで渡ると縁が切れるという噂があった様ですが、天満宮のホームページでは否定されているので「面白おかしく広がった噂」に間違いないでしょう。 私事ですが、この太鼓橋を渡る時いつも「また太宰府に来たな~」って、近くに住んでいながらにして、そんなん懐かしい様な気分なります。
太鼓橋を渡って右手前方にはイギリス商人グラバーが見とれた「麒麟像」が、右方向には「如水の井戸」と「曲水の宴」がとり行われる「曲水の庭」があります。「太鼓橋」を真っ直ぐ行くと、「楼門」を通って「飛梅」のある「本殿」に行き着きます。パッチ、パッチ、「合格しますように!」



天満宮楼門
■太宰府天満宮の催し■

【1月7日】鬼すべ神事

【3月第1日曜日】曲水の宴

【7月7日】七夕の宴

【9月21日~25日】神幸式大祭
正式な開催日は、天満宮のホームページでご確認ください。






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スポットライト人物伝


【黒田忠之(くろだただゆき)】
(1602年~1654年)


行動に何かと問題のある嫡男・忠之は黒田藩の後継者から外されそうになりますが、栗山大善の支援によりその立場を守ります。 しかし初代藩主・長政の没後に藩主の座についた忠之は栗山大善と不仲になります。 二人の関係が泥沼化すると忠之はついに大善から幕府へ訴えられます。 改易が相次いでいた時期でもあったため黒田藩も取り潰しの憂き目に合いますが、 幕閣の配慮により大善は南部藩預かりとなりことは収められました。



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