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名所旧跡・太宰府・筑紫野
 【太宰府天満宮-太宰府市宰府-



901年、菅原道真は政敵の藤原時平などの勢力よって大宰府に流され、その二年後に謫居(たっきょ)で亡くなります。 遺骸は大宰府政庁東方の安楽寺に葬られ、919年その場所に社殿が建立されます。これが現在の太宰府天満宮となります。 ここに奉られる道真公は幼い頃から詩文の才に恵まれ、朝廷に上がってからもと次々と位を進めます。 この経歴より現在では学問の神として信仰を集め、受験の時期には沢山の祈願者が天満宮を参拝します。
本殿の正面脇には道真公を慕って京都より一夜にして飛来したといわれる「飛び梅」(写真正面の梅)があり、また境内には「七卿落ちの碑」、「麒麟像」などの歴史の足跡を今に伝える石碑や像、樹木が存在します。



































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スポットライト人物伝


【菊池武光(きくちたけみつ)】
(1319年~1373年)


菊池武時の十男で、母親方の後ろ盾がなかったためか十三代頭主の兄・菊池武重の没後、弟の武士(たけし)にその座を譲ります。しかし公卿の娘の子であった武士は武力、統率力に欠けたのか頭主の座を廃されて、武光が十五代頭主となります。 その後 武光は後醍醐天皇の皇子・懐良親王を迎え着々と勢力を拡大し筑後から筑前へ侵攻します。 この時、筑前では北朝方の少弐頼尚と九州探題・一色範氏との間で内部抗争が起こっていま.....[全文を表示]



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