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名所旧跡・太宰府・筑紫野
 【太宰府天満宮-太宰府市宰府-



901年、菅原道真は政敵の藤原時平などの勢力よって大宰府に流され、その二年後に謫居(たっきょ)で亡くなります。 遺骸は大宰府政庁東方の安楽寺に葬られ、919年その場所に社殿が建立されます。これが現在の太宰府天満宮となります。 ここに奉られる道真公は幼い頃から詩文の才に恵まれ、朝廷に上がってからもと次々と位を進めます。 この経歴より現在では学問の神として信仰を集め、受験の時期には沢山の祈願者が天満宮を参拝します。
本殿の正面脇には道真公を慕って京都より一夜にして飛来したといわれる「飛び梅」(写真正面の梅)があり、また境内には「七卿落ちの碑」、「麒麟像」などの歴史の足跡を今に伝える石碑や像、樹木が存在します。



































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スポットライト人物伝


【後藤又兵衛(ごとうまたべえ)】
(1560年~1615年)


関ヶ原の戦いなどで名を上げ黒田家を代表する武将となりますが、黒田如水の没後、藩主・長政とそりが合わず福岡藩を出奔します。 又兵衛の武名を惜しむ声は多かったもの黒田家に遠慮し召抱えようとする大名は少なかったようで数年間の浪人生活を送ります。 その後「大阪冬の陣・夏の陣」で久々に活躍の場を得た又兵衛は豊臣方の中心武将として戦国最後の戦場で華々しく散る事になります。



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