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名所旧跡・太宰府・筑紫野
 【光明禅寺-太宰府市宰府-

光明禅寺は1273年、鉄牛円心によって開山された臨済宗の禅寺です。枯山水の庭園があり秋になると美しい紅葉が広がり、多くの観光客の心を癒します。庭園にむした苔のため、別名「苔寺」とも呼ばれています。

鉄牛円心は円爾(えんに)の弟子で、ここ光明禅寺で円爾の言行を記す「聖一国師年譜」を編纂しました。 円爾は宋に渡った高僧で、帰国後、大宰府や博多に2年程滞在しました。この滞在中の1241年博多で疫病が流行し、円爾は疫病を鎮めるため町人の担ぐ施餓鬼棚に乗って、博多の町に祈祷水を撒いて廻りました。これが博多山笠の起源になったといわれています。








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スポットライト人物伝


【山鹿秀遠(やまがひでとう)】
(?~1185年?)


豊前国との境、筑前国山鹿の豪族です。治承・寿永の乱では平家方に属し、大宰府を追われた安徳天皇と平家一門に最後まで付き従います。壇の浦では平家の主力として戦いますが、平家一門と運命を共にしたものと思われ、以後は歴史に登場することはないようです。ところで山鹿いえば熊本の山鹿市が有名ですが、山鹿氏は菊池氏の同族といわれることから菊池市に隣接する山鹿市と筑前の山鹿の地名には何らかの関係があるのかもしれませ.....[全文を表示]



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