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名所旧跡・太宰府・筑紫野
 【国分尼寺跡-太宰府市国分寺-


【国分尼寺跡】
天平13年(741)聖武天皇は鎮護国家、五穀豊穣を祈るため、諸国に国分寺、国分尼寺建立を命じた。 尼寺は正式名称を「法華滅罪之寺」といい、尼僧10人と規定された。 ここは筑前国の国分尼寺があった所と伝えられるが、今はわずかに田圃の中に礎石が一個残るのみである。 なお(筑前)国分寺跡は東300Mの所にある。
                                     

太宰府市

国分寺尼寺跡 案内板より
現在、礎石は他の場所に移動保管されているそうです。


































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スポットライト人物伝


【景行天皇(けいこうてんのう)】
(西暦300年前後?~)


崇神天皇の孫で、橿日宮で崩御した仲哀天皇の祖父にあたります。
皇位に就いた当時、出産時に夫は子供が生まれるまで臼を担いで家のまわりを廻る風習があり、天皇も皇后が出産する際にこの風習に倣い、臼を担いで屋敷のまわりを廻っていたのですが、子供が双子だとわかった天皇は臼に向かって「こん畜生」と叫んだという逸話が日本書紀に記載されています。この時、生まれた双子の弟が後の日本武尊(やまとたけるのみこ.....[全文を表示]




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