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名所旧跡・太宰府・筑紫野
 【国分尼寺跡-太宰府市国分寺-


【国分尼寺跡】
天平13年(741)聖武天皇は鎮護国家、五穀豊穣を祈るため、諸国に国分寺、国分尼寺建立を命じた。 尼寺は正式名称を「法華滅罪之寺」といい、尼僧10人と規定された。 ここは筑前国の国分尼寺があった所と伝えられるが、今はわずかに田圃の中に礎石が一個残るのみである。 なお(筑前)国分寺跡は東300Mの所にある。
                                     

太宰府市

国分寺尼寺跡 案内板より
現在、礎石は他の場所に移動保管されているそうです。


































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スポットライト人物伝


【小野好古(おのよしふる)】
(884年~968年)


伊予の本拠地を奪われた藤原純友が大宰府を襲うと朝廷から平定を命じられた小野好古は九州に入り博多湾で純友軍と戦い撃破します。 櫛田神社に祀られる三神の内、素盞嗚大神(スサノウノミコト)はこの「藤原純友の乱」の平定後、小野好古が祀ったものだと 博多祇園山笠公式サイトに記載されています。また太宰府の春の一大行事「曲水の宴」は大宰大弐だった好古が執り行ったのが始まりといわれています。 ちなみに救済施設「続.....[全文を表示]



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