Mousegallery




名所旧跡・太宰府・筑紫野
 【国分瓦窯跡-太宰府市国分寺-



国分瓦窯跡

【史跡 国分瓦窯跡】   大正十一年十月十二日指定
窯跡は、池の南斜面に三基以上があったことが知られる。大正十年に発掘調査され、八世紀、大宰府政庁・観世音寺・筑前国分寺などの瓦を焼いた窯であることがわかっている。
窯は、池の斜面を利用した無段登窯(むだんのぼりがま)である。内部の壁や天井は、日干煉瓦をアーチ状に積み、その表面をスサ入り粘土を塗って仕上げている。瓦窯なので、瓦が主であるが、他に須恵器片(すえきへん)も出土している。
ところで、現在窯跡は池の水から保護するため入口を埋めているので見ることはできない。

平成七年四月一日     太宰府市教育委員会

史跡 国分瓦窯跡 案内板より


































福岡史伝へのアクセスにはこのQRコードをご利用ください
https://www.2810w.com


スポットライト人物伝


【月照(げっしょう)】
(1813年~1858年)


「安政の大獄」で幕府より追われる月照は西郷隆盛と共に薩摩に逃れようとします。 そして下関で西郷と別れた月照は筑前で野村望東尼の「平尾山荘」や太宰府の宿屋「松屋」に匿われます。 その後、平野國臣の案内を得て薩摩に入り西郷と再会しますが、 薩摩藩は月照の受け入れを拒否したため錦江湾で西郷と共に入水し亡くなりました。 西郷は助けられましたが死亡したことにされ極秘裏に奄美大島に流されました。



このページは ClubTwinHut が運営しています


© 2011 福岡史伝