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余談
 【奈良時代の筑後・肥後の農民たちの事

夜明神社の首人塚

奈良時代に筑後・肥後で農政改革を行った道君首名(みちのきみおびとな)の功績は間違いなく褒め称えられるべきものなのでしょうが、その功績は農民たちの協力なくしてはなし得なかったのかもしれません。 どんな経緯があろうとも認めるべきものは認め受け入れる。そんな筑後や肥後の農民達の簡潔で柔軟な対応には、 なかなか物事が決まらない現代日本に生きる一人間として学ぶべき処があるのかもしれません。 めっきり、褒められる事が少なくなった政治家という職業ですが、もしかしたら首名の様に揺るぎのない「思い」と 揺るぎのない「政策」を持つ立派な政治家は少なくないのかもしれません。




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スポットライト人物伝


【真木和泉(まきいずみ)】
(1813年~1864年)


久留米藩の尊皇攘夷の志士で攘夷派の公卿に強い影響力を持ちますが、 「八月十八日の政変」で長州藩が京都を追われると長州派の七卿に下関まで同行します(「七卿落ち」)。 そして翌年には長州軍の一部隊として「禁門の変」に参戦しますが、 戦況が不利になると天王山に登り同士16名と共に自刃し志半ばで一生を終えることになります。



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