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余談
 【有馬記念の由来

東側城壁

余談ですが、競馬のオールスター戦で、かつ一年を締め括るGⅠ(グレード1)レースの「有馬記念」は中央競馬会理事長だった有馬家15代頭主、有馬頼寧(よりやす)氏により提唱開設されたレースです。競馬に興味のない方のために説明するならば、若馬のレース「日本ダービー」は文学界の「芥川賞」に当たり、「有馬記念」は「直木賞」といった位置づけになります。
このレースは当初「中山グランプリ」という名称でしたが、日本競馬の発展に大きく貢献した有馬氏の死去に伴い「有馬記念」と名称変更され、以後、最も注目されるレースのひとつとして競馬ファンから親しまれています。 この有馬頼寧氏の祖父が久留米藩最後の藩主となった有馬慶頼(よしより)になります。




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スポットライト人物伝


【篠原泰之進(しのはらたいのしん)】
(1828年~1911年)


筑後浮羽の出身で関東で攘夷活動に走ります。その後、伊東甲子太郎に従い京都にて新選組に加入しますが、2年と数ヶ月後には伊東ら同士と共に御陵衛士(ごりょうえじ)を創設し新選組より離脱します。新選組はこの行動を表向きには了承しますが、脱隊を原則違反とする新選組の近藤勇、土方歳三らは伊東甲子太郎を謀殺、遺体を引き取りに来た御陵衛士を待ち伏せし3名を斬殺します。多勢に無勢で篠原ら数名はその場から逃走し薩摩藩.....[全文を表示]



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