Mousegallery




余談
 【有馬記念の由来

東側城壁

余談ですが、競馬のオールスター戦で、かつ一年を締め括るGⅠ(グレード1)レースの「有馬記念」は中央競馬会理事長だった有馬家15代頭主、有馬頼寧(よりやす)氏により提唱開設されたレースです。競馬に興味のない方のために説明するならば、若馬のレース「日本ダービー」は文学界の「芥川賞」に当たり、「有馬記念」は「直木賞」といった位置づけになります。
このレースは当初「中山グランプリ」という名称でしたが、日本競馬の発展に大きく貢献した有馬氏の死去に伴い「有馬記念」と名称変更され、以後、最も注目されるレースのひとつとして競馬ファンから親しまれています。 この有馬頼寧氏の祖父が久留米藩最後の藩主となった有馬慶頼(よしより)になります。




関連記事:有馬,久留米藩





























福岡史伝へのアクセスにはこのQRコードをご利用ください
https://www.2810w.com


スポットライト人物伝


【島津貞久(しまづさだひさ)】
(1269年~1363年)


「元弘の乱」で少弐貞経、大友貞宗と共に鎮西探題・北条英時を攻め滅し、「多々良浜の戦い」では足利軍に属して戦います。 島津氏は少弐氏、大友氏と共に鎌倉時代に守護を命じられ少弐氏は九州北西部、大友氏は北東部、そして島津氏が九州南部を治めます。 この三氏は九州御三家と呼ばれ九州の中心武家として戦国時代まで存続しますが、江戸時代以降も続いたのはこの島津氏だけでした。



このページは ClubTwinHut が運営しています


© 2011 福岡史伝