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余談
 【有馬記念の由来

東側城壁

余談ですが、競馬のオールスター戦で、かつ一年を締め括るGⅠ(グレード1)レースの「有馬記念」は中央競馬会理事長だった有馬家15代頭主、有馬頼寧(よりやす)氏により提唱開設されたレースです。競馬に興味のない方のために説明するならば、若馬のレース「日本ダービー」は文学界の「芥川賞」に当たり、「有馬記念」は「直木賞」といった位置づけになります。
このレースは当初「中山グランプリ」という名称でしたが、日本競馬の発展に大きく貢献した有馬氏の死去に伴い「有馬記念」と名称変更され、以後、最も注目されるレースのひとつとして競馬ファンから親しまれています。 この有馬頼寧氏の祖父が久留米藩最後の藩主となった有馬慶頼(よしより)になります。




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スポットライト人物伝


【母里太兵衛(ぼりたへえ)】
(1556年~1615年)


黒田家の武将。「黒田節」は太兵衛が大杯の酒を呑み干し福島正則より名槍「日本号」を受け取った出来事を唄にしたものです。 太兵衛はこの唄で詠われた「日本号」を朝鮮役で太兵衛の窮地を救った後藤又兵衛へ送ったといわれます。 そして「大阪夏の陣」で又兵衛が討死すると、太兵衛もまた時をおかず死去しています。



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