Mousegallery






福岡史伝・江戸
 【貝原益軒「筑前国続風土記」(1703年)

福岡市博物館の「筑前続風土記」

1630年貝原益軒は福岡藩の藩医の子として生まれ、京都、長崎、江戸で見聞を広めます。 益軒は自分の目で見て考え納得したことを文章にする実証主義の人だったようで、 「筑前国続風土記」を著すにあたって筑前各地へ自ら足を運び、史跡を確認し、地元民の言い伝えを聞き集めています。
益軒はこの他に「大和本草」「養生訓」「黒田記略」「女大学」「益軒十訓」などの著作に励みますが、 この中の「女大学」は夫人の東軒によって書かれたもではないかといわれています。
また「養生訓」「筑前国続風土記」「大和本草」などの著作が学校法人中村学園のホームページで参照することができます。


(2011.7.23)

「筑前国続風土記」について詳しく知りたい方はこちらへどうぞ!
中村学園電子図書館「筑前国続風土記」のページへリンク


















福岡史伝へのアクセスにはこのQRコードをご利用ください
https://www.2810w.com


スポットライト人物伝


【中岡慎太郎(なかおかしんたろう)】
(1838年~1867年)


土佐の志士で五卿に随い太宰府に入り、五卿の衛士として仕えながら薩長同盟を画策します。 そして1864年から約3年間、太宰府、長州、京都間を忙しく行き来し、 薩長の有力者や土佐の同士たちと面談、坂本龍馬と共に薩長同盟を実現させます。 しかし大政奉還から一ヶ月後、京都・近江屋で刺客に襲われ龍馬と共に暗殺されることになります。



このページは ClubTwinHut が運営しています



© 2011 福岡史伝