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福岡史伝・南北朝・室町
 【福童原の戦い(1375年)

小郡市「福童古戦場」

今川了俊に大宰府を攻略され、高良山に移った菊池氏はそこで抵抗を続けますが、不運なことに、翌年に菊池武光、 翌々年には後を継いだ菊池武政が立て続けに没します。 1375年、武光の甥・菊池武安は現状を打開するため高良山を降り福童原(小郡市)に兵を進めます。 そこで今川方の山内、毛利氏等の兵と激突し乱戦となりますが、そこに了俊の軍が駆けつけたため、 戦況が悪化し、遂には破れ、高良山へ再び撤退します。この戦いを最後に菊池氏は筑後を去り肥後へ戻ります。


(2014.11.1)


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スポットライト人物伝


【奴国王(なこくおう)】
(西暦57年頃~)


倭国の最南端にあった国の王で、西暦57年に「大夫(だゆう)」という役職の使者を後漢に派遣します。 これに対し当時の皇帝であった光武帝は金印を送りますが、これが江戸時代に志賀島の田地より掘り出され、 現在は福岡市博物館に所蔵されている「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」印になります。



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