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福岡史伝・飛鳥
 【大宰府、水城、大野城を築く(663年~665年)

宇美町の「百間石垣」(大野城)

「白村江の戦い」に敗れると、中大兄皇子は新羅・唐の連合軍の九州侵攻に備え、 664年九州の行政機関「官家」(那津)の機能を造営中の「観世音寺」の西側に移し「大宰府」とします。 そして敵の侵攻を食い止めるため前面(博多湾側)に濠を掘った大堤「水城」を築き、 翌665年には大野山に百済貴族の指導を元に石垣を張り巡らした「大野城」を築城します。 これより大野山(四王寺山)の南側の地域は九州の政庁「大宰府」と大規模寺院の「観世音寺」の築造が進み、 大都市への道を歩み始めます。


(2011.5.8)


















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スポットライト人物伝


【安達盛宗(あだちもりむね)】
(?~1285年)


鎌倉の「霜月騒動」で自害した安達泰盛の子で「弘安の役」の戦後処理を行なっていましたが、 「霜月騒動」の余波を受け少弐経資に博多で討たれたとも、少弐景資の岩門城で討死したともいわれています。



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