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福岡史伝・飛鳥
 【大宰府、水城、大野城を築く(663年~665年)

宇美町の「百間石垣」(大野城)

「白村江の戦い」に敗れると、中大兄皇子は新羅・唐の連合軍の九州侵攻に備え、 664年九州の行政機関「官家」(那津)の機能を造営中の「観世音寺」の西側に移し「大宰府」とします。 そして敵の侵攻を食い止めるため前面(博多湾側)に濠を掘った大堤「水城」を築き、 翌665年には大野山に百済貴族の指導を元に石垣を張り巡らした「大野城」を築城します。 これより大野山(四王寺山)の南側の地域は九州の政庁「大宰府」と大規模寺院の「観世音寺」の築造が進み、 大都市への道を歩み始めます。


(2011.5.8)































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スポットライト人物伝


【小早川秀秋(こばやかわひであき)】
(1582年~1602年)


豊臣秀吉の正妻ねねの甥にあたり、義父・小早川隆景の隠居に伴い入れ替わりで筑前の名島城に入ります。 「関ヶ原の戦い」では西軍から東軍へ寝返り、勝敗に大きく影響を与えたといわています。 戦後は加増され岡山に移りますが、「裏切り」の汚名を拭いきれず家臣とともに苦悩の日々を送ったと想像されます。 そして二年後には若くして死去します。 この秀秋の「関ヶ原」での行動には過去の出来事と戦いに至るまでの流れより同.....[全文を表示]



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