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 【「日本号」ってなに?(1596年)-戦国史を背負う名槍-

光雲神社「母里太兵衛像」

「日本号」とは、大杯になみなみと注がれた酒を飲み干した母里太兵衛に福島正則が贈った名槍の名前です。 この槍は、元々は天皇家の所蔵で足利義昭へ下賜され、織田信長、豊臣秀吉、福島正則、母里太兵衛と渡ります。
その後、朝鮮の役で太兵衛の窮地を救った後藤又兵衛へ送られたという話がありますが、これは又兵衛の息女が嫁いだ太兵衛の甥の邸宅に「日本号」が保管されていたことから創作された逸話だといわれます。最終的に「日本号」は黒田家より福岡市に寄贈され現在、国宝「漢委奴国王印」(金印)と共に福岡市博物館に所蔵されています。
この槍は渡り歩いた面々から判断しても、戦国の歴史を背負った「国宝」級の名槍といえるでしょう。




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スポットライト人物伝


【高橋紹運(たかはしじょううん)】
(1548年~1586年)


反旗を翻した高橋鑑種(たかはしあきたね)が筑前を追われると、 大友宗麟は重臣の吉弘鑑理(よしひろあきこと)の次男を高橋家に送り込み岩屋城と宝満城を守らせます。 これが後の高橋紹運です。島津氏の筑前侵攻の際は、763名の将兵と共に岩屋城に篭もり、数万の敵を相手に半月程持ちこたえますが、 遂に力尽き玉砕します。 しかし紹運の精神は死なず息子・立花宗茂へ引き継がれます。



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