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 【「博多べい」ってどんな塀?(1587年)-戦乱で出た瓦礫の処分方法は?-

櫛田神社「博多塀」

九州を平定した豊臣秀吉は戦災で荒廃した博多を復興するため「博多町割り」を行います。 しかし新しい町並みを造るにあたって頭を悩ましたのが、戦災後の街中に残る大量の瓦礫でした。そこで博多の人々はこの瓦礫を新しく建てる塀に埋め込みました。これを「博多べい」と呼びます。 現在、櫛田神社には嶋井宗室の屋敷跡の「博多べい」が移築され保存されています。屋外に展示されていますので観光客の方も気軽に見ることができ、当時の博多復興の様子を偲ぶことができます。上の写真は名所旧跡のページの「博多べい」碑文にある「但し右方は断面を表す。」の断面部で、粘土と埋め込まれた瓦が断層になっているのが分かります。




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スポットライト人物伝


【斉明天皇(さいめいてんのう)】
(594年~661年)


中大兄皇子の母親で重祚(二度以上、天皇の地位に在位すること)した初めての天皇です。 二代前の皇極天皇の時に皇子の蘇我入鹿暗殺を目の当りにし退位を決意しますが、 再び斉明天皇として皇位に就き、百済復興のため入った筑紫で崩御します。 観世音寺はこの斉明天皇を弔うために中大兄皇子が建立した寺といわれています。



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